ぼんさいメモ

読書と英語学習、そのほかいろいろ

ヒントがあるといいなぁ

『知的生産の技術』を楽しく読んでいます。いまはタイプライターのところが終わり、日記の書き方の章にたどり着きました。

 

日記は、自分自身のための、業務報告なのである。

(『知的生産の技術』P. 183より) 

 

上記の一文を読んで、日記に対するプレッシャーみたいなもの(感情のおもむくままに書くものなんじゃないかとか)を感じなくていいのかとほっとしました。

 

タイプライターの話は、昔の試行錯誤がかいまみえて興味深かったです。タイプライターの文字入力が、ローマ字→カタカナ→ひらがなと変遷した話を読みながら、その後に登場した日本語変換ができるワープロやパソコン、スマホフリック入力をみたらびっくりするだろうなぁと思いました。きっと梅棹先生のことだから、誰よりも使いこなすような気もします。

 

本書を読みながら、ちょっともやもやしていることがありまして。それは、情報の整理を紙で行うのはよいのですが、物理的なスペースには限りがあるので、自分がこれを紙でやろうとするのはかなり無理があるぞ、という点です。だからこそ、EvernoteGoogleドライブといったサービスを活用すればいいと思うのですが、いつか消えてしまうんじゃないか……と思いながら使うのもなんだか、と思っています(突然仕様が変わるのは、文房具やお菓子、基礎化粧品でもありますね)。

 

そんなことを頭の片隅で考えつつ、ふと手にした本の「はじめに」を読み始めたら、もしかしたら解決のヒントが見つかるかもしれない、とピンときました。まだ本編を読んでいないから、直感がはずれる可能性はおおいにありますが。

 

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『記憶のデザイン』(山本貴光著/筑摩書房

また机の上に「今週読みたい本」が1冊増えましたが、気にしないことにしましょう。

 

 

 

 

 

 

先日のTOEICの結果は現状維持(最後の受験時とほとんど変わらなかった)でした。最初、ほとんど勉強らしい勉強もしていなかったことを考えれば、「現状維持」でよかったじゃないか、と思ったのですが、しばらく経ってから「いやいや、現状維持で満足しちゃあかんぞ」と悔しくなりまして。

 

「悔しい」気持ちが沸き上がって来ること自体久しぶりで、そういう気持ちがまだあったんだなぁ、と少しだけうれしくなったので、来年とは言わず、5月にもう一度受験することにしました。ふだん、目の前の出来事に対して感情を乱さないように心がけているので、悔しさや悲しさといった感情が時間差でやってくるようになったのかもしれません。

 

というわけで、試験が終わるまではブログの更新は平日だけにします。